ブログ投稿を毎日投稿にする。~言語の重要性~
暑すぎてちょっと引いています。
最近、身の回りの人が自分よりも過度に立派に見えます。
実際、悪いことではないのですが、劣等感に苛まれつつやる気も無いのでぶら~っとしているだけです。
さらに、一人が孤独に感じられ、耐えられなくなってきました。
常にだれかといたい状態です。あ、夜に限る。
で、さっき急にやる気が出始めたので、ブログを再開・読書の習慣をつける・数学が出来るようになる、ということを目標にすることを決めました。
まず、世の理系が微分積分やっている中、理系上がりの僕の興味の矛先は心理学、言語学、etc...ドドドド文系なわけですよ。
なんか、癪でして。
このブログでも、もっと面白いことを発信していきたいと考えているので、読書量を増やしていきたいですね。で、見ての通り文章力も20%減少しているので、由々しき事態です。
ということで、第一号は言語の話です。
ーーーーーーーーーーー
サルや他の哺乳類も単語レベルでの言語習得は可能だそうですが、人間のように{S}{V}{O}{C}と、文章を構築することは出来ないそうです。
ただ、今回は単語レベルの話をします。
例えば、「りんご」という言葉を聞いてまずリンゴの画像、リンゴの味が浮かび上がると思います。
なぜか「ごりら」も思い浮かぶでしょうか。だとしたら、しりとりのせいですね。
まあ、いいでしょう。
とにかく僕たちは、りんごという言葉を聞いた時に、りんごに関連する色々な刺激を思い出します。
植物などの生物は分子を使って、周囲の菌根菌などの菌に情報を伝達するらしいのですが、僕たちは音波という波を使ってそれを実行します。
例えば「嬉しい」という言葉は、嬉しいときの生理的な変化や、状況の認識の在り方と結びついています。だからこそ、何もないときに「嬉しい」という言葉を頭の中で唱えることで、漠然とそういった経験を思い出すことが出来るはずです。
「~したい」という助動詞も一緒でしょう。何か欲望を駆り立てる生理変化や意欲と結びついているはずです。だから、言霊があるとはそういうことで、実際に思ってなくても「勉強したい×8」と唱えていけば、そのうちやる気は漲ってくるはずです。
だからこそ、言葉に触れる機会は大事で、より言葉に触れてきたであろう大人の話を聞くのもたまには面白い訳です。...とかいう意識高いこと言ってみます。
そこで、僕が漠然と考えている妄想は、
言語体系をガラりと変えれば、そのコミュニティの幸福度は爆増するのではないかということです。
何を言っているかというと、ポジティブな言葉が多くて、ポジティブな感情をより細分化した表現が沢山あれば、その分そういった感情を喚起される確率が高まりそうだということです。その確率が高まれば、当然幸福度は上昇するでしょう。
「うつ」という言葉が無かったころのうつ病患者の数は非常に少ないものでした。
だからこそ、その逆で、ポジティブな感情下での、生理変化や状況認識の体系(まとめると自分の感性)を磨けばポジティブになりそうです。
なんなら、新しい言葉を作っていけそうですよね。
ってか書いてる途中に思いましたが、新しい言葉なんてなくても語彙力や説明する力があれば表現は可能ですよね。
英語を喋ってるときも「あ、この単語知らんわ」ってなったら、" it is used for .... , which is for...., that is similar to... "って言う風に何とか伝えることができます。
となると、そういった磨くのは...小説...映画???
と、考えてしまいました。僕はマジで小説も映画も見ないし、ドラマも何も見ません。ストーリー系はマジで何も見ません。
かあ、小説を読む量と幸福度の相関は取ってみたいし、媒介変数として「感情志向性」的なのを挟めば、より明確な相関が取れそう。
あ、神かもしれん。卒論かけるやん。
いや、卒論じゃないにしても、3年生の実験でやるチャンスあったらやろう。
お前らパクんなよ!ぼくのアイデアだからな!